つもりつもって

みなさんメリシャカ。
いよいよ告知がなされました、「メリシャカLIVE2010」!今年も豪華なゲストミュージシャンを迎えて、西本願寺は聞法会館にて開催されます!ライブはもちろんですが、このイベントのキモは読経と法話。このミスマッチの妙を、是非堪能しにいらしてください。チケットは今月19日から予約開始です!!

さて、宣伝はこのくらいにしておきまして、今回は「つもり」のお話。

 最近、出かける際に、何かと忘れ物をすることがよくあります。車に乗って、エンジンかけて、さあ出発だと思ったときに、「あ!」ということがあったり、今日もお参りに出かけたとき、ご門徒さんのお宅に着いて車からいざ降りる際に、輪袈裟を着けていないことに気づき、慌てて家に帰りました。近くのことなら取りに戻ればいいのですが、ちょっと遠出した際にも、カバンに入れたはずのものがなかったり…ちょっと注意力が欠けてきているのかもしれません。
そういう時に必ずと言っていいほど口をついて出る言い訳があります。そう、それが「つもり」です。「準備したつもり」、「カバンに入れたつもり」などなど、皆さんもきっと使ったことがある言葉ではないでしょうか。
忘れ物をした時以外にも、この「つもり」という言葉を使うことがあります。例えば就職や入試の際、思うような結果が出なかった時に、「自分では努力したつもり、頑張ったつもり」と思ったり、何か仕事でミスをしたり、思うような結果が出なかったときにも、「自分なりに気をつけたつもり、努力したつもり」という言葉が出てまいります。私も、叱られたり何か指摘や批判を受けたときに、「自分はしっかりやったつもりだ」という事を、よく思ったり言ったりしてしまいます。
けれど、「つもり」という言葉は、言い訳、なんですよね。その言葉が出る時は、自分の行為が、思ったような結果に結びついていない時、なんです。
例えば恋愛中の男女がいて、彼氏は彼女に対して優しく接しようと心がけます。けれど、彼女からすれば、彼氏の行動が時にはズレているとか、空回りしているなと感じることがあるようです。もちろん、優しさや気遣いの心があることはなんとなく分かっているのでしょうが、それが正しく伝わらなければ、結局は彼氏の優しくしている、気を遣っている「つもり」になってしまいます。しかし彼の側からすれば、「自分は優しくしているつもりなのに」という自負がありますから、そのズレで二人がぶつかってしまうと、なかなか仲直りが難しくなってしまいます。いやはや、人の想いの違いのズレというのはなかなかに厄介なものです。

もちろん、物事の結果の原因は決して一つではなく、いろんな要因や条件が重なり合って導かれるものですから、原因を一つのところに押し付けるのは偏った見方であると思います。好意を受け取れない側、努力を認められない側にも、悪い部分はあるかもしれません。
しかし、やはり「つもり」という言葉が出てしまう時には、その行いをしている側にそれなりの落ち度がある、そんな気がいたします。努力したつもり、気をつけたつもり、優しくしたつもり。けれども、そうなっていないからこそ、「つもり」という言葉を使ってしまうんです。「つもり」はあくまで自分勝手で自分に甘い、自分大好きな想いからくる独りよがりな自己評価でしかないのでしょう。しかも「つもり」と思った時点で自分は正しいと思っているわけですから、相手の意見をシャットアウトしてしまうことにもなってしまいます。
私たちは、つい自分は常に正しくて、相手が間違っていると考えがちです。けれどもそんなことはありません。努力しているつもりでも、気をつけているつもりでも、失敗を犯すし不足があるのが私という存在です。ですから、「つもり」という言葉を使ってしまう時には、自分は正しい、相手が間違っていると意固地になるのではなく、自分の行いが本当に適切であったのか、見つめ直さなければいけないのかもしれませんね。

まあ、こんなことを書いている私自身が誰よりも気をつけなければいけないこと、なのですが。
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