5月の読書感想文 『愛でなく』

秋元康プロデュース・欅坂46のデビューシングル『サイレントマジョリティー』。
この曲を聴いて、思い出した本がある。

獸木野生(旧・伸たまき)の『愛でなく/NOT LOVE,But Affection』だ。

新書館発行の雑誌『ウィングス』に連載中の「パーム」というアメリカを舞台にした漫画のシリーズがある。
数奇な人生を歩んだ一人の男の壮大な物語の中で、第7話にあたる『愛でなく』にはその男のほんの1ヶ月間の出来事が収められている。

描かれているのは国際環境会議。
会議の参加者は、環境問題の被害者であり、破壊者であり、保全者だった。
当然ながら、その全てが環境問題に直接的な関わりを持つ者たちに限られていた。

しかし、その中でアフリカの小国(架空の国)の代表者だけは、普通のアメリカ人の高校教師だった。

彼女は環境問題に取り組んだ経験もなかったが、様々な縁が重なり、大国の大企業に搾取され衰弱した小国の代表に担ぎ出されてしまう。
急場凌ぎの勉強をし、代表として小国の現実と主張を代弁しながら、最後に彼女はあることに思い至る。
それを会議の最終講演で言葉にした。

環境に作用する最大勢力は、会議に参加している直接的な関係者ではなく、間接的に関わる者である。
その最大勢力とは誰か?
それは「ごく普通の人間」であると。

責任は他の誰かにある。
問題を起こしたのも解決するのも、他の誰かに違いない。
だから何が起こっても、決してそれが自分のせいだとは思わない。
その普通の人間の意識が、破壊を助長させているにもかかわらず。

直接的に戦争や差別や環境破壊を起こす人々は、大きな自信を持ってこれを行うことができる。
彼らはそれに対して何もしない者こそ最大勢力であることを知っているからだ。

そして彼女はこう続けた。
「ある行動に対してイエスと言わない限りそれは否定となり、ノーと言わない限りそれは肯定となる」と。
だから、環境破壊に対して無言でイエスと言い続けてきた自分は有罪であるとも。

サイレント・マジョリティとは「物言わぬ多数派」という意味である。
アメリカのニクソン大統領が演説で用いた言葉であり、ベトナム戦争への反戦運動が盛んである中、それでも声を上げない者が国民の大多数を占めている現実に、「異議がない」=「賛成している」という詭弁の論理を説いたことが基にある。

私がこのマンガを読んだのは高校3年生、18歳のときだった。
彼女のセリフを何度も何度も読み返した。
少数であろうと物言う人間でありたいと思った。
大局に流されない大人になりたいと思った。
彼女が言うように「すでに有罪」であるのだから、なんでもできるはずだった。

だが、18歳の決意とは裏腹に、できたことはあまりに少ない。
ノーと言っただけでは、何かを為したことにはならないと知ったからだ。

反対をするということは、ならばどうすればいいのかという思考と行動が伴わなければ効力に欠ける。
その思考を深めるためには、現状を知る努力をしなければならない。

結果、自分があらゆる問題に無知であったことを思い知った。
そして、彼女が自らを「すでに有罪」と評した本当の意味を思い知った。

ただ、私の18歳と今の18歳には大きな違いがある。
選挙権の有無である。
これほど簡単で行動の伴った効力のある意思表示はないということが今ならよく分かる。

何が正しく、何が間違いであるか、そんなことは分からない。
信じるものが異なれば、一つの正解なんて有りはしない。
それでも知ろうという姿勢と、未成年が書いた紙切れでも権力を動かすことができるという意識と、そこから一歩を踏み出す覚悟を、私自身が持ち続ける重要性を改めて考えさせられた。

原発問題・特定秘密保護法・憲法改正。
既に十分、肯定してきた。

無関係なものなど何もない。  

「イエスでいいのか? サイレントマジョリティー」
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