7月の読書感想文 『3月のライオン』

 

最近、人気漫画の実写映画化が立て続けに発表されている。

特に以前メリシャカで感想文を書いた『東京喰種』を始め、『銀魂』『鋼の錬金術師』については、ネットで実写化の情報が流れた瞬間「お願いだからやめてくれ」と夫婦で打ち伏すほどのショックを受けた。

 

そんな中、これだけは劇場で観ようと思った作品がある。
白泉社発行『ヤングアニマル』連載中の『3月のライオン』(羽海野チカ)だ。

 

 マンガHP http://3lion.younganimal.com/

 アニメHP http://3lion-anime.com/

 映画HP  http://3lion-movie.com/

 

幼い頃、交通事故で家族を失った主人公・桐山零。
自分の生きる場所を作るために、零は中学生で将棋のプロ棋士になる。
心に深い孤独と傷を抱えたまま17歳になった零は、一人暮らす東京の下町で出会った三姉妹との触れ合いから、失っていた何かを少しずつ取り戻していく。

 

そういう物語である。
 

 

私が初めて将棋に触れたのは小学生の頃。
雨の日の休み時間、人が指す駒の動きを見て覚えた。

 

『月下の棋士』など将棋漫画を読むようになると、将棋には「定跡」「奨励会」というものがあることを知った。

 

定跡(じょうせき)とは、数百年と続く将棋の歴史の中で研究された最善と考えられる決まった指し順のことで、序盤に自分の戦法を組む際、この場面であればこう指す、次はこう受けるといった攻防の一連の流れを意味する。
過去の棋譜を読み込み、いくつもの戦法と定跡を覚え、それを破る手を研究し、ただただひたすら将棋盤に向かい続ける。
指して指して指して指して指して。

 

でもそれだけではダメで。

 

奨励会というプロ棋士養成機関を受験し、入会後は強者しかいない中で勝率7割以上を保ち続ける。
勝って勝って勝って勝って勝って。
そうしてほんの一握りの強者にプロの道が開かれる。

 

主人公は、そうしてプロ棋士になった。
いや、プロ棋士になる険しい道しか、彼には残っていなかったのだ。

 

彼は孤独だった。
家族を失った時から、孤独を受け入れ生きてきた。
周囲と距離を取り、すべてを将棋にささげて生きてきた。

 

「犀の角のようにただ独り歩め」

 

主人公が独り歩み続けた姿に、最古の仏典の一つと言われる『スッタニパータ』の中にある一節が重なった。

『スッタニパータ』とはお釈迦さまが実際に話された言葉に限りなく近いものが記されたとされる仏典である。

 

サイの中でもインドサイは哺乳類で唯一の一角動物で、群れをなさずに単独で行動する。
その様に出家修行者の有り方を例えたのが「犀の角」の一節になる。
人と人の間にある利害や依存から愛憎が生まれ、それが苦しみとなる。
だから、家族や仲間を求めるのではなくて、独り道を求めよとお釈迦さまは説く。

 

だがそれは「人との関わりの全てを捨てよ」と強制しているのではない。
「人との関わりで何が生じるのかを見定めよ」ということである。

 

インドサイの角は骨ではなくタンパク質の隆起だ。
つまり、それほど硬くないため戦うときの武器にはならない。
だからか、争うことがほとんどない種なのだそうだ。

 

硬い角を想像すれば、自分の信念に従って真っ直ぐ歩む姿が思い浮かぶ。
だが硬くない角を想像すると、信念を持ちつつも柔軟に歩む姿が思い浮かんではこないだろうか。

 

主人公は三姉妹に出会った。
もう一度、人と関わる生活に身を置くようになった。
その中で孤独に生きてきた人生が許されたように感じる出来事に出会った。

 

人と関わるからこそ、救われることもある。

 

きっと主人公は、プロ棋士として、これからもただ独り歩み続けるだろう。
だが、硬いと信じていた己の角が、三姉妹との出会いによって硬くはなかったことに気づいたとき、視界が開け、目の前にある道の幅が決して狭いものではなかったことにも気づけたのではないか。

 

人が孤独を感じられるのは、人と関わり、一度でも温もりを感じたことがあるからだ。
彼が失い、拒絶し、取り戻した「何か」は、きっとそういうものだったのだと思った。

 

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