結婚についての往復書簡

としさんから再度質問状が・・・。はてはて正直非常に難しくて、困ったことです。でも往復書簡のようで面白いですね。

?結婚の決め手はなんでしたか?
一目ぼれして、会って話してみて、「もうこの人しかおらん!」と思ったからです。
(僕はなにいってるんだ〜!)

?ひとりの青年としての結婚、お坊さんとしての結婚、
両面において、なにか想いがあれば聞かせてください。

青年として僕は「自意識」が大きすぎて、いつもこてんぱんになっている人生を送ってきました。そしていつも、僕はそのことを暗い詩に書き溜めたり、鬱々とネットに文章をアップしてきました。
そんな中、彼女と出逢い、性格は変わりませんが少し楽になってきました。もちろん大変な面は多々ありますが、彼女とディスカッションを続けていくうちに、客観的に見ることの大切さを教えてもらったのです。もう、こてんぱんにです。

僧侶としては、仲人をして頂いた恩師に、「愛はいつか冷めます」と結婚式の新郎新婦紹介で言われてしまいました。
「え・え〜?結婚式そうそう、そりゃないよ」と思いました。が、その後に先生はこう続けられました。
「愛は冷めますが、ご縁は続きます。ご縁は感じていけます。
偶然も奇跡もありません。二人出遇ったのは宿世からの深いご因縁です」

「縁」とは、、

昔、花嫁さんは縁側から、その家に入られたそうです。それはまさしく「縁」の側だったのです。
縁側から入られた花嫁さんは、一番最初に座敷の、その家のお仏壇に手を合わされご挨拶されたそうです。
ふたりの出逢いには意味がある。今は何かはわからないかもしれないけれども、きっと意味があるのでしょう。
そして、昔、家族が亡くなるとやはり、縁側から出棺されていったそうです。
縁に始まり、縁に終わる夫婦。別れにもきっと意味があるのだろうと思うのです。

そう言えば、出逢ったのはメリシャカパーティーで、そのテーマは「宴(縁)」でした。

としさんに僕から質問。

一、喧嘩した時の対処法を教えてください。予防法なども。

愛にもいろいろありまして

愛とは煩悩であるとはどういうこと?
それをどう受け取ってる?

と、としさんからの質問第二弾です。


まずは、煩悩とは…
身心を悩まし苦しめ、煩わせ、けがす精神作用。
貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)は根元的な煩悩として三毒という。
この三毒は、言い換えれば、欲望、怒り、愚痴 (道理をわきまえない愚かな心・わがままな心の事)であり、
迷いや苦しみの原因となる 心のあり方 をいいます。



人を好きになったら、心が乱れます。
一緒にいたい、声が聞きたい、もっと知りたい、好きになってほしい、と思うでしょう。
ああしてほしい、こうしてほしい…
これ、欲望です。

私はこんなに好きなのに、どうしてわかってくれないんだろうとか
浮気されて腹が立つとか
デートで割り勘だったとか(笑)
いつまでたっても結婚の話をしてくれないとか
これ、怒り。

なんであんな子のほうがいいのかなんて思ったりとか
心変りが許せないとか
付き合った途端冷たくなったと感じているとか
結婚したらこんな人だと思わなかったとか
これ、愚痴。

執着・嫉妬・憎しみ・悲しみ…煩悩の特徴は、すべて愛の中に入っています。
「こんなに苦しいなら、好きにならなきゃよかった」って一度や二度は感じたことあるでしょう。
それって、まったくその通りだな、と思うわけです。

愛は愛でも、「愛欲」の世界です。


だけど、恋愛における煩悩が悪いことばかりかというと、当然そうでもない。

それは、正しく作用するなら、人を成長させる。
深い悲しみは人を思慮深くするし、切ない気持ちは人を優しくさせることもある。
人を愛すると、としさんもおっしゃっているように、精神的に安定したり
高揚したり、穏やかな気持ちになったり強くなったりする。
自分の存在が肯定されていることで、生きる力になります。

周りの人にも優しくなれるし、結婚式当日なんて感謝の気持ちでいっぱいです。
ね、チスイくん。

これは、愛は愛でも「慈愛」などという表現のほうがしっくりきますかね。



でも、人を好きになると必ずと言っていいほど「思い通りにならんな」ということに直面する。
嬉しいことがあったらなった分だけ悲しみを強く感じるし
楽しかった思い出があればあるだけ、辛い度合いも深くなる。

きっとそれは、表裏一体なんだろう。
何かではかることができるのならひょっとしたらプラスマイナス0なのかもしれない。
いい時も、永遠に続くわけではない。
悪い時も、いつか必ず変化が訪れる。

そういうことを知ることができたら、案外冷静に自分を見ることができ、また成長することができると思います。


だから、問題は、「正しく作用する」
ここなのです。


お釈迦様は、八正道というものを示されました。
正見 (正しく見る)
正思 (正しく思う)
正語 (正しく語る)
正業 (正しく働く)
正命 (正しく生活する)
正進 (正しく人と調和する)
正念 (正しい目的意識を持つ)
正定 (正しい反省と瞑想、禅定(ぜんじょう))

ということで、この中でも正見、正思、正語の3つが大事だとされています。


私の今のこの気持ち。
仏教に照らし合わせて“正しい”かどうか。仏道にかなっているか。

自分勝手になりすぎていないか。
傲慢になっていないか。
独りよがりになっていないか。

それは本当に相手のためを思っていることなのか。
ひょっとして、自分のことだけを考えているだけなんじゃないか。

自分の気持ちを見なおし、相手を思いやり、どういう言葉をかけたらいいか。
仏教はそれを考えさせてくれるんだと思います。。




・・・それでも、間違うことが多い私でした。
いや、今だって間違い続けている毎日なんだと思います。

夫に対して、風呂掃除をしてくれないとか、飲み会が続くとか、ささいなことで腹を立て、
私だって育児も仕事もしてるのに、とつい言いたくなります。

相手のことを思いやり、常に和顔愛語で…なんて超理想論。
「私が」「オレが」の小競り合いです。苦笑。


だけど、大事なところは共有しあえる。
生きる上で守っていきたいものや、目指していく道が、同じ方向を向いているな、って感じます。

お互いが真正面から向き合っていると、周りが見えずに一歩を踏み出したとき、正面衝突しちゃう。
だけど、お互いが同じ方向を向いて歩けば、多少の小競り合いはあったとしても、衝突することはないでしょう。

今は、私たち夫婦の間には、小さな子どもがいて、お互いがその手を引いています。
だから、ちょっと足並みがそろわなかったりすることもあるんだけど。
子どものよちよち歩きに合わせ、また互いの歩くスピードにも合わせていく作業中です。

これからも、間違い続けていくかもしれない。
慈愛ばかりの毎日ではありえないし、愛欲にとらわれることもあるだろう。

でも、煩悩をいっぱい抱えた手のままで、つないで歩いて行けたらいい。
正しく導いてくれるほうへ、一緒に歩いて行けたらいい。


そんな風に思います。
お答えになったでしょうか。

結婚について パート2

トップページのブログにアップしていた「結婚について」のコラムをこちらの「仏教恋愛論」へ移動しました。読んでない方は、下記のリンクからメンバーそれぞれの結婚観をどうぞご覧ください。
尚、このコラムはじっくり練った文章ではなく、メンバー内のメールのやり取り的なノリで公開しており、その即興性をお楽しみいただければうれしいです。間違いなどがありましたら、どうぞご指摘よろしくお願いします。


質問
結婚について by とし
回答
結婚観 by るる
結婚ラッシュの波に乗り切れていない。 by キッスィ
理想と現実の狭間で by ケンユウ
寄り添えなかったわたし! by チスイ


さて、このシリーズはもう少し続けてみましょう。

まず、新婚ホヤホヤのチスイくんへ再質問。
これは、僕自身もよく聞かれる質問ですが、
結婚の決め手はなんでしたか?
また、
ひとりの青年としての結婚、お坊さんとしての結婚、
両面において、なにか想いがあれば聞かせてください。



もうひとり、真っ先に答えてくれた一児の母るるさんへ。

>愛とは、煩悩である!!と言いきる私が、「いつまでも気持ちは変わらずラブラブでいようね」
>と言っちゃう人とは、一緒にいられません。苦笑。

こういう痛快なコメントは、男同士で聞くことはありましたが、女性からはなかなか聞けない意見なので、ビックリしました。とは言っても、じつは男より女性のほうがそういうクールなところはあるのかもしれませんね。男は言葉では強がっていても、内心は夢見がちでモロいところがあったりしますから(笑)

そこで、再質問ですが、
1、「愛とは煩悩である」ということをもう少し詳しく聞かせてください。
それを踏まえた上で、
2、るるさん自身、煩悩をどのように受け取っていますか?

よろしくお願いします!

寄り添えなかったわたし!

皆さまボンジョルノ♪
長い間お休みしていてなんなのですが、わたくしチスイ10月5日に結婚いたしました。
実は二人の出逢いはこのサイト『メリシャカ』だったのです。
本当に不思議で有難いご縁でありました。
結婚にあたりまして、関係者皆様本当にありがとうございました。


そんな訳で私たちは先日、イタリアへ新婚旅行に行ってきました。
最初訪れた街はミラノだったのですが、そこで初っ端から喧嘩をしていまったのです。
新婚旅行に行くと言ったら、家族を始め皆口々に「けんかはしないでね」と言われていたのに。。。

日本以外どの国もそうなのでしょうが、イタリアも例に漏れず、スリがいたりして物騒な国でした。
ゴシック様式が美しいミラノ大聖堂の前で添乗員さんが言いました。
「この辺りは、スリや物売りがいます。特にカバンや財布に十分気をつけてください。特にハト豆を手にいきなり握らせて、後で法外な請求をする輩がいますから、毅然と断って下さい。」
%E3%82%B4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF.jpg

僕は彼女と共に大聖堂から、写真を撮りに外に出ていきました。
ミラノの街は見るもの総て美しく、僕は写真を撮りながら、カメラをいじっていました。
その時、僕の目の前に、にぎり拳が「プリーズ」と言ってにゅっと突き出されたのです。
さっき、添乗員さんが言っていたハト豆売りです。
「ノーッ!!」と僕は毅然と?断り逃げました。
ハト豆売りの男はニヤニヤどこかへ行ってしまいました。
ほっとするのも束の間、また、どこからか男がやってきてハトの豆を僕に突きつけようとするのです。
「なんでだろう?僕ばっかり」と思っていると、彼女がこう言いました。
「なんかチスイくんにばかりハト豆売りがやってくるから、一緒に歩きたくなーい!」

なっなんだってー!!

彼女は冗談で言ったらしいのですが、僕はそこで腹が立ちました。そして彼女に怒ってきつく言いました。
「僕だってしっかり警戒しているじゃないか!なんでそんなことを言うんだよ!一緒に歩きたくないんだったら別々に歩こうか」と。

新婚旅行始まって間も無く、不穏な空気・・・。

その後なんとか仲直りし楽しい新婚旅行を終えましたが、なんとなくその時のことは、僕の胸の中にずっともやもやとして残っていました。


旅行から帰って、結婚式披露宴に来てくれた先輩と電話をしていたら、このようなことを言われました。

「ところでチスイくん、イタリアは物騒だと言うけど、スリとか遭わなかった?」

どうやら先輩は僕のことを心配してくれていたようでした。

チスイくんはぼーっとしているから、イタリアに着いた瞬間にスリに遭うんじゃないかって、周りの人たちと話していたんだよ。でも、花嫁さんがしっかりしていそうだから、大丈夫か」

なっ、なんだってーー!!!!

理想と現実の狭間で

ども、28歳独身、ケンユウですw
なんか結婚観について書いてくれ、ってことのようですけど、もうすぐ29歳の自分にとって、結婚は大きなテーマ。まあ、大したこと言える身ではないですけど、ちょっと語らしていただきましょう。

結婚観。これに関しては、自分の中でかなり変化してきています。大きな転機となったのは、実家のお寺に帰ってきた、ということでしょうか。
学生の頃は、結婚は恋愛の延長線上にあるものだと思っていて、お付き合いさせてていただいた女性とは、やっぱり結婚して、ずっと一緒にいたい、と思っていました。
どちらかと言うと結婚に幻想を抱いているタイプなので、
好きな人と一緒にいれて、一緒にキッチンに立ってみたり、一緒に散歩や買い物に出かけたり、たまにライブなんかにも行ったり。特別なことはなくても、楽しみも苦しみも、いろんなことを一緒に体験・経験したい、そんな結婚生活が理想だな、なんて思ってます。
結婚は、お互いに好きであれば、何も問題はない、そういう風に思っていたわけです。

ところが、実家に帰り、親といろんな話をしていると、親は、そんな恋愛感情だけで結婚してもらっても困る、なんてことを言うわけです。惚れたはれただけの相手では、困る事が出てくるかもしれないぞ、と。自分のことだけではなく、お寺のことも念頭に入れて、相手を探しなさい、なんてことを言うわけです。
もちろん、私はその考え方に、反発しました。相手がお寺に合うかどうかなんて結婚してみないとわからないし、人を好きになるのに、この人はお寺に合うのかどうか、なんてことが一つの条件みたいになるのも嫌でした。
シンプルに、「好きだから結婚したい」じゃ、ダメなのか、と。

しかし、実家に帰って来て、お寺のことを手伝うようになり、お寺のいろんな事情などを見聞きして知っていくうちに、なんとなく親の言うことが、わかってきてしまいました。お寺で生活をしていくのに、お寺のことを全く考えずに結婚することは、できないんじゃないか、と。それを無視して結婚を考えると、自分だけではなくて、相手にも苦労をかけることになるな、ということも、思えてきました。
もちろんそれは、二人で話しあいながら、乗り越えていけることかもしれません。だから、この人と一緒にいたいと思える人と、結婚したいという気持ちは変わりません。
でも、お寺のことを抜きにして、自分の気持ちと結婚のことを考えられなくなったというのは、大きな変化だと思います。

けど、正直この変化は、自分でも厄介だな、と思います。結婚と言うことについて、より現実的に考えられるようになったのは、実際結婚した時に良い方向に働くかなとは思いますが、難しく考え過ぎてしまって、昔みたいにシンプルに女性を好きになれなくなっちゃったなーと。

あと最近思うのは、やっぱり結婚って、難しいことなんだろうな、ってこと(笑)まあ、これにはのっぴきならない事情があったりしたからなんですが、るるさんのおっしゃる、「夫婦は、所詮他人である」ってこととか、厳しい言葉ですけど、なんとなくわかる気がします。
そういう理解抜きで、甘い結婚生活に幻想を抱いていると、きっとそのギャップに苦しむんでしょうね…
お互い考え方も違う二人が共に生活するのですから、当たり前と言えば、当たり前のことなのですが、その辺をしっかり肝に銘じておきたいと思います。
あと私、ワガママだったり、ちゃらんぽらんとしている部分も多々あるので、思いやりの気持ちを忘れないことや、もうちょっとしっかりしていくことが必要かな、とも思ってます、はい。

ずいぶん自分本位な事もありますけど、今結婚、と言うことについて思っているのは、こんなところですかね。次はだれが書いてくれるのか、楽しみにしておきます(笑)
TWITTER+SHAKAMUSIC
チケット予約はこちら
新しい記事
月別アーカイブス
エディター
とし
twitter メリシャカサイト用mixiロゴ.gif メリシャカサイト用facebookロゴ.gif

お問い合わせ
メルアド.gif